摂食障害情報センター

古代ローマ貴族も摂食障害だった??

食事を拒否したり、反対に食べ過ぎてしまったり…。
今では広く知られるところとなった摂食障害ですが、
この病気はどのような歴史を経てきたのでしょうか。

 

食べるものに困っていた時代には、
このような症状はなかったハズですよね…。
歴史上で、摂食障害という病気が現れたのはどの辺りの時代だったのでしょう。

 

さて、摂食障害の歴史について詳しく触れる前に、興味深いお話を一つ。
古代ローマ人が、クジャクの羽根を喉につっこんで
吐きながら食べ続けたというお話です。

 

当時のローマでは、1人の貴族に対して鳥一匹、
しかも一度の宴会で計数十品もの料理が用意されたといいます。

 

これだけの料理を用意した本当の目的は、“権力を誇示するため”
とはいえ、出席者たちは、満腹になるまで食べ続けます。

 

そして、「もう食べられないよ〜」という状態になると、
宴会場に控えている奴隷を呼びつけて…。
貴族は口を大きく開け、奴隷は貴族の口の中にクジャクの羽を突っ込んで
グリグリ。貴族はお腹の中のものを全て吐き出して、
また新たな料理を食べ始めるのです。

 

吐いた汚物は、当然のように奴隷が片づけてくれるという…。
なんとも異常な光景。

 

ちなみに、ここでこのお話を例にとったのは、
「これが摂食障害の原点」と言いたいのではありません!

 

むしろ、その逆。

 

“食べること”に振り回されている点では同じかもしれませんが、
現在の摂食障害は決して贅沢病ではありません。
ローマ貴族とは違うのです。

摂食障害の歴史に迫る

では、今日で言うところの“摂食障害”は、
精神医学の領域ではどのように扱われてきたのでしょうか?
いよいよ、その歴史に迫ってみましょう。

 

年代としては、歴史をさかのぼること17世紀頃から、
“無食欲”=いわゆる拒食についての記述があるということです。
19世紀の終わりには、イギリスやフランス、ドイツで
詳細な臨床報告がなされたのだとか。

 

当時は、神経性無食欲症やヒステリー性無食欲症など、
“無食欲”(拒食)の症例がほとんどだったようですね。

 

歴史上、摂食障害の症例が急激に増加したのは、第2次大戦後のこと。
1970年代に入ると、食欲亢進、いわゆる“過食”の症例も増えてきたようです。

 

我が日本の歴史に焦点を当ててみると、
1963年に「神経性食欲不振症についての総説」が出されていることから、
この当時から摂食障害の症例が出ていたことが分かります。

 

無食欲症だけではなく、食欲亢進についても、
1962年に一例報告はされているよう。
ただ、様々な文献から推察するに、
無食欲症に比べると奇異な症状として捉えられていたことがうかがえます。

摂食障害は文化との関連が強い病気

摂食障害に関する研究の歴史をひも解いていくと、
その症状の背景には「体型を維持すること」に対する強い執着が見えてきます。
これは、文化的な背景と非常に強いつながりを持っていることを示唆するもの。

 

こういった“摂食障害と文化”の問題に注目したのが、
アメリカのマレーヌ・ボスキンド=ホワイト氏です。
彼は、1974年に行った研究の結果に基づき、
ブリマレキシア」という概念を生み出しました。

 

マレーヌがその研究の過程で出会った患者たちは、
魅力的に痩せていて知的レベルも非常に高い学生たちばかりでしたが、
その一方で大量に食べ、吐き、下剤を乱用して体型を維持している…
という「食事に関する問題を抱えた」人々だったのだとか。

 

この食行動のため、学問にも集中できず、
人と食事をすることができないために学校でも孤立しがちだったということ。
アノレキシア・ネルボーザ (神経性無食欲症)の診断基準にも合致せず、
ブリミア(神経性大食症)の診断基準からもずれていることから、
新しい呼称をつけざるを得なかったようです。

 

マレーヌ氏によると、ブリマレキシアは食に関する嗜癖と密接なつながりがあり
時代と文化のありようが反映される症状。
重篤な病気と見なされることもあれば、
モデル仲間や体操部といった“体型の維持”を求められる特殊な集団の中では
当然の習慣として受け入れられている場合もあり、
患者が身を置く生活環境や文化的な背景と非常に強いつながりを持っていることが
うかがえるのです。

 

また、これまで“中年男性の病気”と捉えられてきたアルコール依存症が、
今や若い女性の間でも問題になっていることと同様に、
摂食障害もまた、
文化的影響により誰もが発症しうる病気であることが指摘されています。

 

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